百か日から一周忌までよりも一周忌から三回忌までの日数は長い。三途の川をわ
たって十万億土までの旅は半ばにさしかかっていた。
色白女にとって悠揚とした旅ではない。坊やとの再会が気になり、はるか前方を
見透かすように足早になって気がせいている。他の亡者たちは二途の川のほとりに
寝そべってはお土産の品々を手に癒されている。
「あら、どこかで鐘の音がするわ」
どこからともなく梵鐘の音がしずかに聞こえてきた。
「あれは三回忌裁所の境内にある鐘楼の鐘だよ。あの音は亡者たちがこころで聞く
響きなので、いくら遠くとも近くとも同じ高さで聞こえるんだよ」
その鐘の音にまじって子供のはしゃぐ声がかすかに流れてきた。
「あれ、男の子のような声がする」
小走りになった。やがて前方に若い娘にまつわりついてたわむれる男の子の姿が、
かすかに見えてきた。
走りよった。
「坊や、…坊やでしょう?」
男の子はふり向いた。一瞬、きょとんとしたが、
「…あっ、おねえさんだ!」
「やっぱり坊やなのね、ほんとうに坊やなんだね」
かがみこんで男の子を抱きしめた色白女は、ようやく会えたうれしさに涙があふ
れた。
「おねえさん、どこへ行ってたの?」
「さびしくなかったかい?」
「おねえちゃんといっしょだから、ぼく、さみしくなかったよ」
「よかったね、おねえちゃんにありがとう言ったの?」
「うん、いっしょに遊んだよ、ぼく」
懐かしさに男の子を抱きすくめて放そうとしなかった。教官のそば仕えにうなが
された。
「さあ、少し休もうか」
川べりに男の子を囲むようにして、めいめいが腰を下ろした。
「坊やに会えてよかったな、本当によかった。……これからは皆でいっしょに旅す
るがよい、こころ強いからな。亡者だって独りじゃさびしいものだよ、そうだろう
?吉島」
「はい、娑婆でも一人じゃ生きられないものね。一人のほうがいいって我儘いう人
もいるけど…」
「おねえさん、どうしてひとりで歩いてきたの?…ぼく、おねえちゃんとずっとい
っしょだったよ、だからさみしくなかったもんねぇ」
娘は、男の子の手をとってうなずいた。
「おねえさんは、七七日の裁所を出たところから、ずうっと独りだった。寂しくっ
て寂しくって泣いて歩いていた……。前の世で悪いことしたからね」
「どんなこと?」
「話しても坊やには分からないことかも知れない。あとでゆっくり話してあげよう
ね。それより坊やはずいぶんと明るくなったようで嬉しい。はじめて会った頃はほ
とんど会話がなかったのよ。いい娘さんとめぐり会えてよかったね、坊や」
「坊やが明るくなったのは娘さんといっぱい会話したからだよ、感謝しなきゃな。
亡者だって人間だって独りじゃ寂しいものさ。これから次の世に転生していっても
一人じゃ生きてゆけないから、まわりの人たちを愛し愛されることが大切だからな。
そのことを努々忘れるでないよ。みんなもそのように心がけなさい」
「はい、…わたしには愛する人がいて幸せだった。のめのめと一人で生きているの
は不幸なことさ」
色白女には、前世でめぐり会った懐かしく愛しいあのひとのことがよみがえり、
つくづく思うのであった。
(つづく)
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