色白女が三途の川を渡ってから1年が過ぎた。前世のことが次第にうすれてゆき、
霊魂に染みついた官能愛の因子も、ほとんど暴れ出すこともなくなった。
念願の男の子とも再会できたし、かわいい朗らかそうな娘さんともいっしょの旅
になり、清々しい気持になった。旅路のかたわらを流れる二途の川は、上流が西方
の十万億土の方向までさかのぼっていて、清流の底の方には青い水藻がゆらゆらと
揺れている。
旅の一行はときどき歩みをゆるめては、かたわらの野辺の小花を摘んで髪に飾っ
たり首飾りにした。
「ねぇ、おねえちゃん、この白布、あなたへあげようね。あなたはまだ若いし、持
っていれば少しは気が落ちつくでしょう。三途の川を渡ったとき、奪衣婆さんから
いただいたものなのよ」
「いいの?うれしいい…」
朗らか娘は真っ白一枚布を手にすると、四九日の泰山王からおみやげにいただい
た淡紅色の和紙封筒を大事そうに包み、胸に抱きしめた。
「あなたはお手紙をいただいたの?」
「はい、お母さんからのお手紙なの、すっごくうれしかった」
「よかったわね、温かいお手紙よ。……私は日記帳。この子はマジンガーZをいた
だいたの。ほら、いっときも離さず遊んでいるわ」
色白女は、あれほど慕わしい男の子とも会え、朗らか娘ともいっしょに旅するよ
うになって嬉しさいっぱい心満たされていた。
いつの間にやら、こころ癒される唄を口ずさんでいた。朗らか娘もいっしょにリ
ズムをとりながら歌っている。
♪♭ 月の砂漠を はるばると 旅の駱駝がゆきました
金と銀との鞍置いて 二つならんでゆきました
……
この童謡『月の砂漠』は、愛しいひとが夫に殴られいじめられたあとの逢瀬に、
泣きじゃくる色白女を手枕に引きよせて歌ってくれたものだが、そのことすら記憶
がうすれてゆき霊魂からの旋律が唇によみがえったにすぎない。もう前世の大人の
唄やあんなに好きで歌っていた演歌などの記憶は、ほとんど呼び戻せなくなり、子
どもの頃の唄だけを口ずさむようになっていたのである。
男の子は、いつの間にか色白女のひざを枕に目をつぶって気をやすめている。亡
者たちは生身の体でないゆえ眠ることはない。霊魂を清浄にするためにひたすら気
を休めている。
(つづく)
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