![]() |
||
PART132 「のんきな殿様とその女房84」>>>「冥界の閻魔(エンマ)さま50」 | ||
著者 小山清春
|
||
自らの死に至った状況を話す五道転輪王さまは、涙ぐんで、 「おんなよ、死の瞬間のことが浄玻璃の鏡で実証され、被疑者までも特定できたの だが、なぜ殺されたのかその理由が不可解なのです」 「私にも確かな理由など分かるはずはありませんが、経験からすると、もしかして その愛人は独り者じゃないのかしら」 「そうです。夫に愛人ができたことは、薄々感じてはいたけど、所詮男という生き ものは、という気持があって寛大だったのがいけなかったのかしら…。でもどうし て死なの?」 「私たちの場合、逢瀬のあと、あのひとは身も心も十分に堪能してお別れした後は、 奥さまのもとへ何食わぬ顔して戻ってゆくでしょう。 私だって、躰のほうにわずかな気だるさが残っているけど、官能的な悦びが沁み ついて、嬉しく帰っていったものよ。夫があんなふうでも、私には娘がいたし、家 庭の主婦の座があったのよ。お互いに帰ってゆくところがあったのよね。だから一 度として、あのひとの奥さまを妬ましく思ったり、恨んだりしたことはありません。 むしろお気の毒に思っておりましたの。 でもその愛人の被疑者(?)は、躰のほうは満足しても、別れた後は心が満たさ れなかったのじゃないかしら、寂しかったと思うわ。愛情が深まれば深まるほど、 やり場のない寂しさが襲うのよ」 「それは知り合った時から、覚悟していたことじゃないかしら、何も殺さなくった ってね」 「でも男女の愛情はそんなもんじゃないと思うけど、官能愛は底なし沼のようなも のよ。逢瀬のたびに、もっともっと昂かまりたいと思うようになって、私たちは、 ついに死ぬことになったけど、でもその愛人は死ぬことではなく、家庭から男を切 り離すことだけに執着したんでしょうね」 「そうかしら、私には理解できない感情だわ」 「夫婦で長年築けあげてきた共有財産の性愛秘技を使い、自らの欲望を満たさんが とはいえ、相手を官能愛に溺れさせ、追い込んだ責任はご主人にもあるとおもうけ ど、…だけど何が何でも殺すことは絶対に許せない」 「でしょう?…これで殺された理由が明証できたわ、しかも独善的な発想によるも のです。私にだって、これからの幸せな人生があったのですから」 「五道転輪王さまは三途の川をわたってから、もう3年が過ぎたのでしょう?恨み を晴らしに出かけてみたらいいんじゃないかしら、殺されてきた亡者はほとんどが 恨みを晴らしに出かけて来るんじゃないかしら?」 「そうよ、閻魔王さまは、私が五道転輪王を拝命する前に、殺された理由が確証で きれば、娑婆へ行くことを許可すると言っていました」 冥界では、仏様である菩薩様と十王とは同格であり、仏様が恨みを晴らしに娑婆 へ出かけて来ることなど決して許されない。五道転輪王はすでに王となってしまっ ているゆえに叶わぬこと。 そこで、娑婆へ名代を赴かせることを思いついた。 早速、閻魔王さま宛に書状がしたためられた。 被疑者が特定され、殺された理由が明証できたこと。 自ら赴くことができないので、是非、名代を立てたいから許可願いたいこと。 名代には、審理中の一六六一六三八おんなを当てたいこと。 娑婆での滞在日数は三日間としたいこと。 その他、冥界の掟に沿うって注意すべきこと…。 「そのような訳で、あなたに私の名代として、娑婆へ出かけて来るように、閻魔王 さま宛に書状をしたためたところだ。許可が下りれば異存はないですね」 「えぇ、私がですか?」 色白女にとって娑婆へ出かけて来ることなど青天の霹靂。 「ほんとうによろしいでしょうか?」 「閻魔王さまからどのような返答がくるか、より確かなことはそれからとなる。三 五日の閻魔王さまの裁所までは、かなりの距離があるので、それまでは出口の控え の広場で、十万億土を目前にした多くの亡者たちがくつろいでいるから、ゆるりと するがよい」 「はい!」 控えの広場でたわむれているむすめ御と男の子と逢い、これから娑婆へ戻って来 ることになると思うから、しばらくここで待つように話した。 ふと先をゆく亡者のなかに、見覚えのある顔があった。 「おばさん?」 「あら、あのときの娘さんたちね」 「はい、おねえさんはまだ用事があるんだって、だから待つことにしたの。おばさ ん、ご主人とお逢いできたの?」 「逢えたよ、ほらあそこにいるでしょう。でも相変わらずなのよ、ほら、若い女の 亡者に話しかけているでしょう、あとで紹介するわね」 (つづく) |