PART162 おい!ひざ小僧、おまえは可愛い奴っちゃ 8
芋煮会で芋がやられ
著者 小山清春

 秋、田植えから100日ぐらい経つと、稲刈りの季節。東雲にうっすらと紅射す
ころには、すでに両親とともにもう田んぼにいた。手がかじかんでくるのでワラを
焚き、暖をとる。手袋かけて出来る仕事ではない。もちろん素手で刈り取り束ねる。
 その頃、美味い米づくりの品種改良に農林21号があった。この稲は茎がやわら
かく、ややもすると根元から倒伏した。父親はつぶやく。「穂肥(ほごえ)をやり過
ぎたかな?」、穂肥とは穂が出るお盆前頃に追肥をするのだが、収穫量を欲張るあ
まり肥料粒を撒く指加減を誤ったのだろう。
 わが家は一町三反歩(3900坪)の田んぼに1ヵ月近くを要した。
 稲刈りもいよいよ最盛期に入った頃である。大変なことが起きた。
「父ちゃん、擦れて思うように歩けないんだ」
 まだ19歳、父親に打ち明けるまでに恥ずかしさもあり抵抗もあったが、我慢も
限界に達していた。
「なに!お前、まさか…。すぐ医者に行って来い」
 市内の済生館病院の皮膚泌尿器科へ。
 若い看護婦さんの呼び出し「小山さん!」。
 幸か不幸か40代の丸顔で色白の女医さんの前に座らされる。
「どうしました?」
「…ハイ、実は…」
 おもむろに患部を露出せざるを得ない。包皮がパンパンに脹れあがり尿道口をふ
さいでいるから小便も容易でない。すでに倍ぐらいの太さになっている。  
 かたわらに看護婦さんまで控えているのに、先生は臆面もなく、患部を手のひら
にのせると、白魚のような指でチョイチョイとつまみ上げ、患部全体の裏表をくま
なく診察する。
「なにか思いあたることはありませんか?」
 わるい女との関係を暗に示唆しているのである。
「そんなのありませんよ」
 強い口調で自信を持って反応する。
 先生はかすかに小首をかしげ、チューブをしぼり、白っぽい薬をていねいに塗っ
てくれた。
「とにかく、この塗り薬を出しておきますから、2、3日して改善しない時はまた
来てください」
 ふたたび田んぼへ戻り、両親に診察結果を話すと少しは安心したようだ。
 ふたたび稲刈りについたが、一向にはかどらない。
 丸顔で色白の女医さんは、夫と添い寝の時、今日の若い男性患者の症状は何だろ
うか?と診察したときの指に残る感覚で、比較しながら疑問に思っているに違いな
い。白衣の看護婦さんも「今まであんなの診(み)たことないわ、いやぁねぇ」と思い
出しているに違いない。
 当の本人はというと、夜、風呂に入ると患部は気持がいい。ん?これまでもこん
な感触の記憶があるなぁ。湯の中でやんわりと触れながら模索する。
 患部が漆にかぶれた時と同じような気持よさを実感している。よく山へ行ったり
すると漆かぶれに敏感なほうなので、体中の皮膚の弱いところへ湿疹を出したもの
だ。ところが今回は患部以外にはまったく異常がない。
 さて、漆かぶれが原因だと突き止めれば、まずはひと安心。養生だ!薬だという
よりも、日にちさえ経てば自然に治癒する。せめて10日間ぐらいの辛抱だ。いく
ら痒(かゆ)くとも掻くのだけはやめたほうがいい。キンの菌が他の皮膚へ転移する
からな。
 もしや、漆かぶれだとするとどこで?、ここ2、3日の行動を思い巡らす。
3日前に山寺の河川敷での芋煮会の時ではなかろうか。中州の藪(やぶ)を掻き分
けて、指でつまみだし小便をした。しかもビールや酒をたっぷり飲んでいるから、
何回もつまんでは出したり仕舞ったりした。思い出すと真っ赤に紅葉した漆の木も
あったような気もする。
 両親には芋煮会での思い当たるいきさつを話した。父親は言う。「芋煮して芋が
やられたのか?」だど。
 一週間を過ぎた頃からぐんぐんよくなった。もうあの丸顔で色白の女医さんや若
い看護婦の前に牽き出されることもないだろう。
 やはり可愛い子には将来のために、さまざまな苦しみや辛さを体験させたほうが
いい、と言うのは本当だな。今でも元気に活躍できるのは、あの時の苦い体験のお
蔭だと、独りかたくなに信じている。
 もちろんすっかり治癒して、稲刈りの方もはかどったのは言うまでもない。

                               (つづく)  

 


『著書「お色気ちょっぴり 肩のこらない話」から』