PART186 あぜ道の殿様蛙  32
悪餓鬼どもと盗み食いした果実

著者 小山清春

 明治生まれの爺ちゃんは『桃栗三年、柿八年、梨のバカ野郎十八年』と言う。
「じじちゃん、それは何んだ?」
「桃だの栗だのは、苗木を植えてから三年かかり、やっと実をつける。梨などは十八年
もかかるんだ、んだから梨のバカ野郎なんて言われるんだな」
「ふーん、んだらばよ(それならよ)、りんごは?」
「りんごかぁ?りんごはだから5年だべな」
「ふーん、んだらばよ、さくらんぼは何年や?」
「さくらんぼかぁ?…桜桃(おうとう)っていうくらいだから10年だべ」
「ふーん?」
 分かったのかどうか、子どもは素直になんでも聞きたがる。
 爺ちゃんは、孫たちに喰わせてやりたいからと季節ごとの果樹を、たんと(たくさん)
えていたのである。
 初夏にはさくらんぼ、何種類もあった。初号、びんぐ、15号、ナポレオンと10本
ほどの桜の木があった。
 田植えがすんで二番草とりの頃である。遊び仲間の悪餓鬼どもをけしかけて、さくら
んぼ畑へ侵入。早出の初号の幹へのぼって食い放題ときめ込んだ。まだ熟しきれていな
い黄色い実にようやく赤味が帯びてきた時季だ。
 広々とした田んぼのはるか彼方で、田の草とりをしていた親父が発見。
「おらえのさくらんぼを食い荒らす奴らはだれだ!」と、あぜ道を、もどかしげに怒鳴
りながら走ってきた。桜の木の根元から葉陰の枝を見上げた。
「こら、清春、何してるんだ!」
 見れば分かるとおり、トッ捕まえてみればわが子なりである。
 さくらんぼが終わると、次はあんず梅。これといって口に入るものが少ない子どもの
頃、未熟な梅を食うと疫痢(えきり・子供の急性伝染病で激烈な下痢や高熱、痙攣などを起こす)になるから
食ってはだめだ、と言われていながらも、塩をまぶせば大丈夫と独り合点し喰った。と
くに何も起こらなかった。
 あんず梅のほかにも、子どもの拳ほどもある豊後梅、これは樹齢100年以上にもな
る大木であった。これを婆ちゃんはよく梅漬けにしていたものだ。
 夏には、大粒の李(すもも)。かじると果肉が真っ赤で甘すっぱい。「西瓜んすもも」と
も呼んでいた。
 ある時、この木にのぼり枝を這うようにして熟した実を盗ろうとした。瞬間、足が幹
から離れた。枝にぶら下がった。叫んだ。「たすけて!とうちゃん!」
真下は、まだ臭いがぷんぷんする肥溜めだ。幸い近くの小屋に親父がいた。
 秋口になると、もも・梨・ぶどう。稲刈りの頃になると、熟したりんごの実と続く。
 小学校高学年になった頃、ウサギを飼った。その餌の草刈りを任されて、小川のほと
りを、腰にカゴをくくりつけ草を狩るのである。
 毎日きまって夕方にでかけた。川沿いには他所さまのりんごの木が何本も並んでいた。
暗がりに乗じて、ひょいと背伸びして真っ赤に熟れたりんごをもぎ取って腰のカゴに何
個も入れる。
 夜、悪餓鬼どもが友だちの小屋へ三々五々集まる。うす暗い裸電球の下で、ワラを積
んだなかへもぐり込むようにして、持ち寄ったりんごや梨に、口元から果汁をたらしな
がら、甘味な実にかじりついた。
 うまかったなぁ、あの味は忘れられない。

                                 (つづく)


『著書「お色気ちょっぴり 肩のこらない話」から』