PART194 かたりくの花
シャボン先生!

著者 小山清春

 生徒たちは“男女七歳にして席を同じゅうせず”ということで、男女の性差
の区別をはっきりさせるために三年生にあがると、男・女それぞれ組み分けし
たのである。ここは混合組になっており、真ん中が通路になっていて窓がわに
男の生徒が11人、廊下がわに女の生徒14人は身を固くしてかしこまってい
る。
 校長先生が「きょうから、みなさんを担任する吉川先生です。先生の言うこと
をよく聞いて、お国のためになるような立派な大人になるために勉強するんだぞ!
返事は?」
「はーい!」 返事をするものの気持ちは上の空。
 校長先生はあいさつを終わって教室を出てゆくと、ふっと緊張がほぐれて、
ざわつきはじめた。
 黒板に大きな字で『吉川おあき』と書き、あらかじめ気持の整理していたと
おり、自己紹介に入ろうとふりむいた。
 と、いきなり後方の男の子が無言で手をあげ立ちあがった。
「はい!なんですか?」
「……あのーう、シャボンせんせい!おらだちにもシャボン貸してけねがや?」
「?……」
 筋書きとおりの自己紹介もなく、いきなりの会話である。
 女の子がつけたしの話をする。
「せんせい!、あのよ、共同風呂でシャボン借りたべ、おなごばかっり使った
がら、おとこもあのええ匂い嗅いでみたえんだど」
 おあきが着いた日に、共同風呂でのことを思い出した。女湯の連中が使い回
ししてそれっきり減って無くなってしまったのだという。
「おらも使ったよ、ええ匂いがしてよ。せんせい!また貸してけれな?」
「先生もそんなに持っていないから、男の子にも一つだけあげますね」
 男の子たちは喜びでにわかに勢いづいた。すでに『シャボン先生』の立派
なあだ名までついている。
 こればっかりは、風呂場で男女が使い回しするわけにはいかない。
 男の子たちがひそひそ話で、旅籠屋の息子までが、いつもは自分の家
の風呂をつかっているのだが、シャボンが無くなるまで、共同風呂でみんなと一
緒に入ることにするという。
 赴任当初から、若くてかわいい女の先生がきたと地域の噂になっている。子
どもたちにとっても他人事でなく気がかりで仕方がないのである。大人たちの
情報をかじっては、子どもたちの間でさざなみのように広がっていく。床屋の
ガラス越しにのぞいてみたり、おあきの入浴時間近くになると、共同風呂への
曲がり角のところに隠れ待ち伏せして、なに喰わぬ顔で浴場の戸をくぐる。
 おやじ達までが酔っ払ってくると、かかあ達に「どうだあ、色白か?ええお
なごだべな?」などと、女湯でのことを卑猥(ひわい)に聞き出そうとする輩(やから)
もいる。「バカいうな、何いうだ、オレのことなど見向きもすねくせに、
このどすけべぇオヤジ」と、すげなくはねつけられ、晩酌の徳利の付足しがぴ
たりと止まる。
 子どもたちにとっては、自分たちの担任の先生になったおあきのこ
とが、誇らしくうれしくてならないのである。
「はーい!シャボンせんせい、やまがたというところから汽車できたのか?」
「汽車に乗ったのか?」
「やまがたには、乗合バスもあんのか?」
「せんせい!活動写真をみたことあんの?」
 矢継ぎ早に、好奇心のかたまりの質問がくる。
「みなさんに色々なこと、いっぱいお話してあげましょうね」



                                 (つづく)



『著書「お色気ちょっぴり 肩のこらない話」から』