PART216 かたりくの花
「徴兵検査」

著者 小山清春

 軍隊には陸軍と海軍があり、海軍は志願が基本で志願兵だけでは不足の場合
だけ補充兵として徴兵する。
 徴兵検査は陸軍が一括しておこなった。年に一度、4月16日から7月3日
までの間に全国いっせいに行われるのである。
 昭和16年5月24日、彦一は過去からの暗い時代背景のなかで、いよいよ
徴兵検査を受けることになった。
 同級生たちと「いよいよ日本男子の本懐を遂げるべき時がきた」と湧きあが
 った。おあきには、そんな男たちの意気衝天を正直に喜べなかった。
 検査の会場は新庄町にある軍の臨時出張所でおこなわれた。もちろん女子供
が禁制のところである。
 肘折から22人がむかった。新庄駅前旅館に前泊しての受検である。中には
おあきの教え子であるヨザエモンやサツ子の兄たちもいた。
 検査の責任者は、連隊区司令部から派遣されてくる佐官級の陸軍将校である。
 検査官には軍医があたり、その補佐に衛生兵があたった。
 学力検査はなく、受ける者は褌一張になり、身体計測、内科の検診、視力・
聴力などが主検査となる。
 最後には褌をはずさせ、医師が股間のものを強くにぎったり、さらに飯盛る
ヘラのようなものにのせる。脱腸などの症状があるかどうかなどを診る。背の
うや銃など30キロもの装備をして、行軍などの機敏な行動に対応できるかど
うかの判断をするのである。
  軍務に支障がある身体の具合がよくないものとしては、偏平足、心臓疾患、
近視や乱視、乗馬に不都合な痔病などの検査をうけた。
 とくに戦闘機搭乗者は聴音や視力など入念におこなわれた。
 ある者は、兵役を逃れたいばかりに神仏に祈ったり、1ヵ月も前から醤油を
飲みつづけて身体薄弱にみせかけたり、何日も食べ物をとらないでふらふらの
状態になり病身にみせかけたりした。
 視力検査では、わざと視力表を読めないふりをしたが、これは暗室での眼底
検査で大抵嘘がばれてしまった。
 ひと通りの検査がおわると判定官の前に集合する。
 いよいよ甲・乙・丙・丁・戊種のいずれかに判定がくだるのである。
「富樫彦一!一歩前へ」
「ハイ!」
 判定官を前に胸がどきどきして足元がふるえた。
「お前は体格がいいし、申し分なし」
 目の前の紙に『甲種』の判がペタンと押された。
 甲種は身長が1.52メートル以上、身体強健なる者となっている。
 肘折からの15人が甲種に合格。7人が『第一乙種・補充兵』の結果となっ
た。
 一行が地元肘折へ戻ったのは、夜遅くであった。
 彦一の甲種合格の知らせをうけて安吉はわきあがった。わが息子を甲種合格
させるまでに育て上げた親としての自負心があった。しかし母親しのは、顔色
では悦んでいたが胸中穏やかでない。おあきにしても男衆のような強がりには
なれなかった。
 しのは翌朝、さっそくお祝いの赤飯を炊いた。
 家族で仏壇へ参り、ご先祖さまへ報告するとともに、何よりも彦一の無事を
祈った。おあきも、しのの背に座り祈りあげた。
 おあきは教え子のヨザエモンの兄が乙種になったことで、あの強がりがしょ
げているに違いない。先生としてどのように声がけしてあげようか思い巡らせ
ながら、早々に朝餉をきりあげ出勤していった。
 安吉と彦一が長めの祝い酒に酔いしれていると、
「安吉っつあん!」
 戸口から隣りのオヤジが真顔で入ってきた。
「なんとした?」
「……おらえの野郎の公報がはえったじゅ」
 祝いに酔っていた雰囲気が一瞬とまり、つめたい空気がながれた。
「北支方面の重慶で戦死したというんだ。…かがぁは仏壇の前で泣いてるとご
だ」


                                 (つづく)





『著書「お色気ちょっぴり 肩のこらない話」から』