PART31 「いざ鎌倉」
著者 小山清春

 その日は3月の上旬、旅には小春日和のすばらしい日であった。
横浜の娘のアパートから、泣き顔で追いすがる孫に『夕方また帰っ
てくるから』と言い含めて出たのが午前9時。
 JR横浜駅から横須賀線で鎌倉までは約25分の距離である。料金
は330円なり。
「こんなに近いんだね」
とは連れ合いの印象である。

 鎌倉・江ノ島は、40年前に中学校の修学旅行以来ついぞ来たこ
とがなかった。2年前になるが、楽しみいっぱい駅頭に降り立った
途端、目前の定期観光バスは発車し乗り遅れてしまったのである。
そこで駅前のレンタサイクルでの市内観光となった。
鎌倉の市内は狭いから、自転車での観光めぐりは誠に快適なのであ
る。すっかりこの自転車観光の旅に味をしめ、今回二度目の挑戦と
なった。1日コースで一人1600円、しっかりと前金である。
「あれ、おとうさん財布忘れてきたの、あたし持ってないわよ。い
つもあなたが出しているから」
娘に携帯するとテーブルに上がっているという。
 さて困った。二人の小銭入れには帰りの電車賃すらない。連れ合
いの小さめのリュックを探す。
「あった!郵便局のカード」。
 ところがその日はあいにくの休日。駅前交番で「ホリディサービ
スをやっていると思われる鎌倉郵便局は、どの辺ですか?」
 歩いて約15分ぐらいだという。ATMで1万円を下ろし、胸ま
でなで下ろし危機一髪。
「ホリディサービスは助かるね、やっぱりカードは便利だわ」
 時代のすう勢から、ますますATMの休日扱いが増えるだろう。
ありがたさを実感する。

富士山

江ノ島弁天橋

 ふたたび駅前に戻って、いよいよスタート。
 若宮大路に沿った歩道には、由緒ある古木が
林立し、その合間をぬって自転車を漕ぐ。途中
のスーパーで、甘夏かんや冷えたジュースなど
も買い込む。
 やがて相模湾、由比ガ浜に出る。
はるか左手に油壷ヨットハーバーの眺め。
メジャーな観光スポットが目白押しの鎌倉には、
昨年のNHKドラマ「北条時宗」にあやかって
か、気軽な旅のツーショットが目につく。我々
も同じ二人づれの旅。翌日の出勤に縛られるこ
となどないから、これこそ悠々自適というのだ
ろうか。
 湘南海岸を左手に眺めながら、整備された輪
道を軽快に走る。雲一点ない空にはゲイラ凧が
舞い、ウインドサーフィンの若者が謳歌し、そ
の数一千人ぐらいはいるだろうか。
 右手の江ノ電と平行して走る二台の自転車は、
さわやかな浜風に押され、江ノ島までは約1時
間半。実に気持ちがいい。
 途中のぼりにさしかかり、やがて上り切って
ふたたび海岸線に出た途端、江ノ島の全景が広
がり、その右手に富士の勇姿がひろがった。
あまりの見事さにしばしの休憩。
その先の海岸沿いの駐車場に開かれたフリーマ
ーケットには、ウインドスーツの人々が群がっ
ている。

 やがて江ノ島弁天橋を渡り、たもとに駐輪して、いよいよ江ノ
島散策へ。
 もうすでに桃の花が満開で、ふるさとみちのく出羽路とは陽気
がずいぶん違うなぁ、とは実感。我々お揃いのジーンズ組は、立
派な足があるからエスカレーターなどは使わない。石段をはや足
でしっかり登り、辺津宮・中津宮・奥津宮もしっかり賽銭を投げ
入れ詣でる。
 ところが連れ合いは小銭の持ち合わせがなかったので、空参り
などをしてしまっている。賽銭は、たとえ愛情ある連れ合いであ
っても、借り銭して投げ入れたのはご利益がないという。
「何よりも健康でありますよう。女房ともども健康でありますよ
うに」と願掛けしても、神様は、この日は休日で参拝客がいっぱ
いあり実入りも多いから、繁忙にまぎれ空参りの人などお構いな
しである。
 ということは、自分の賽銭を投げ入れたオレ一人だけが、健康
を約束されたことになる。

 

 さてゆっくりと鎌倉への帰路についたのは、午後2時過ぎであっ
た。いよいよ源頼朝ゆかりの鶴岡八幡宮へ。
 正面の石段を登り賽銭箱の前に立つ。
本堂の敷居は私の目線と同じ高さで、本堂ではお宮参りの祝詞をあ
げていた。ところが真っ赤なスカートの、若いお母さんが座ってい
るお尻のあたりに夕陽が射し、鮮やかにクローズアップしているで
はないか。そのお尻をめがけて賽銭を投げると、ちょうど手前の賽
銭箱にジャラジャラン。いよいよ二拝し二拍する。
「いつまでも若く、青春が欲しいです!。叶えてください」
と心の中で、絶叫にちかい強いお願いをする。
 しかし、どうしても若いお母さんのお尻に向かって、心の願いを
詣でる感じなんだね。
連れ合いに、
「なんか変だね」
 と小声でいうと、凛とした目線で、
「邪念をすてなさい!」
 と、まるでNHK連続テレビ小説「ほんまもん」の庵主さまの言
うように、きつく戒
められてしまった。
ここのご本尊様は、こんな私に何を叶えてくれるというだろうか。


『著書「お色気ちょっぴり 肩のこらない話」から』