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PART74 「のんきな殿様とその女房26」>>>「文化婆んちゃんとハイカラ爺つゃま」(2) | ||
著者 小山清春
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お年寄りの知恵を探りながら、昔のことを調べ研究することで、新しい知識 |
巷には、このような風評に滅法強く、生活様式からこどもの躾、風聞にもく わしく、井戸端や囲炉裏を囲みながら、話題豊富な明治や大正生まれの人たち がいた。俗にいう“文化婆んちゃん”である。 このようなお年寄りから、人生の豊かな尊い知恵をいっぱい引き出し、語っ てもらおうかと思い、見渡すと我が藩の遠縁筋に文化婆んちゃんがいた。 「婆んちゃん、しばらくだな。何かトントン昔(民話)語ってけえろや」 「こら清春、この頃、本を書てるそうだな。オレのこと書くっていうのか」 しばらくぶりの懐かしさもあってか、喋るは喋るは、とても八十九歳とは思 えない賢女ぶりである。しかも近所の爺つゃまや婆んちゃん達で、都都逸やっ ていると言う。 ![]() おもむろに正座すると、 『むかしのむかし、しゃぶると甘い、杏子(あんず)だったど―――今梅干し』 『むかしのむかし、みずみずしかった、堀たて大根―――今たくあんだ』 『むかしのむかし、花嫁道具の、ダブルベッドも―――今古戦場』 総入れ歯だから、白く見事な歯並びで、笑顔がいい。 「婆んちゃん、他に都都逸仲間で、爺つゃまはいねぇのか」 早速、電話をかけた。 「久右衛門さん、どうせ暇だべ、ちよっと来いや。トントン昔を取材すんだど」 ほどなく、派手なシャツに真っ赤なネクタイを締めた大柄な爺つゃまが来た。 「なんだや、派手なネクタイまで締めてよ」 「んだって、取材って言うだべ。映りいいようにカラーにしたのよ」 爺つゃまは、TVの取材と勘違いしている。むかし馬車牽きだったという“ ハイカラ爺つゃま”である。ハイカラというのは、衿の丈が高く、西洋風を気 取り、流行を追って新しがる人をいうのである。 やっぱり正座したかと思うと、体に似合わず素頓狂(すっとんきょう)な声 を振りしぼり、都都逸を唸りはじめた。 『むかしのむかし、小便のあとに、眠っても起きてる―――今寝たきり』 『むかしのむかし、トロロ芋でも、今白子ふいた―――蒸かし芋』 『むかしのむかし、戦場へ行くと、精出し役立った―――今降参』 『むかしのむかし、寝たきり老人も、バイヤグラでよ―――今起ききり』 このハイカラ爺つゃまと文化婆んちゃんのトントン昔は、長い長い一生を、 一言で語る民話だった。 |
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爺つゃま曰く、 「むかしなら姥捨山行きだ、今幸せだ。長生きした分、儲かったと思っている。 ほんとうは、ここの文化婆んちゃんが好きだった。ところがオレの友達の野郎 のところへ嫁いできたんだよ。あいつは酒も飲まねぇ、タバコも吸わねぇ、女 も買わねぇ、んだから早く行っちまえやがった。オレはさびしくってよ。今頃 になって、この婆んちゃんを抱いても、喜ばせられねぇべ。昔は戦場に行って、 精を出して、がんばって役に立ったもんだが、今じぁ、戦場に行く前に降参し てるもな。バッハッハハ」 屈託のないさわやかな笑いに、傍らで文化婆んちゃん、にこにこしていた。 |
(2)の了 |