PART77 「のんきな殿様とその女房29」>>>「カラオケの世界」
著者 小山清春

 カラオケといっても、“たかがカラオケされどオラオケ”だね。のんきな殿
様にとっては、生涯青春を享楽するためには相応の世界。
 奥方様に、
「おまえもカラオケ一緒にやってみないか。スナックなどへゆくと夫婦で唄っ
ている人たちも結構いるよ。微笑ましいもんだね」
「なに、カラオケ?…やだよ、あんなもの」
 蔑んだバカにした言い方である。
「何を?カラオケをバカにすんでないぞ。知らねぇなぁ、国民文化祭(第18
回)では、20世紀の日本が生んだ最高の文化と言われ、文化の一部門として
立派に認知されたんだぞ。やってみろよ、思いっ切り声を出すのは健康にもい
いし、若さ美容にもいい」
「やだね、いっしょに飲んでも会話はできないし、いやでも他人さまの歌が飛
びこんでくるでしょう。あなたの歌なんて聞きたくない人だっているんだから。
しかも、お金まで出して唄うなって、……やだねったら、やだね♪」
“……やだねったら、やだね♪”と首をふりふり、氷川きよしの「箱根八里の
半次郎」の節回しの声色である。
『だんな様』1曲しか唄えないんじゃと、折角、声がけしたのに。こん畜生!。
 のんきな殿様としては、むしろ一人の方がのびのびと気楽でいい。
 カウンターごしに、色白丸ぽちゃと心ゆくまでじっくりとデュエットできる
し、色白丸ぽちゃをしっかり抱いて、踊りながら肩越しの右手に持ったマイク
で「抱擁」も唄えるし、


  ♪♭頬をよせあった あなたのにおいが
    私の一番好きな においよ
    目をとじて いつまでも
    踊っていたい 恋に酔う心


 こんな時、雰囲気によっては背中へまわした左手を腰の方へ、さらに下方へ
ずらしてもいいし、ますますお酒がおいしくなるし、帰りの時間だって気にし
なくともいいし、ママや女の子たちから「……いただいていいかしら」と、お
ねだりされたビール分も気兼ねなく支払いができるし、他の客の帰り具合によ
っては、色白丸ぽちゃ達と寿司とかラーメンとか、冷酒飲みにも堂々と行ける
し、何よりもカラオケのレッスンを心ゆくまで出来るのが嬉しい。

 あるカラオケ会の会長さんから、どうですか?いっしょにやりませんか、と
のお誘いを受けた。わがご城下の近くで、二階の天守閣(?)から眺められる
コミュニティセンターでは、毎週水曜日にレッスンがあるという。それじゃあ
お願いします、と入会。メンバーは27人。嬉しいことに女性が3分2。しか
も熟々女・半熟女の集まりで、色白丸ぽちゃばっかり。入会してもう1年ぐら
いになるが、和気あいあいのレッスンや、結構飲む機会もあったりして、なか
なか居心地がいい。
 やっぱりカラオケでマイクに向かい、思いっ切り唄うのがいい。声には張り
が出てくるし、発声だって息切れはしないし、ただボゲっと人生をおくってい
るようでは、いい加減な熟爺に熟婆ですよ。
 皆さんのレパートリーは、どこでどう仕入れてくるのか、演歌のすばらしい
新曲が次々と披露される。それだけでもうっとりする。最近のものでは、『夜
桜挽歌』・『角番』・『津軽の花』・『いのち川』・『J』・『橋』・『鳥取
砂丘』・『寒椿』・『望郷新相馬』などだ。中でも『ひばりに恋して』の歌い
手さんは、CDこそ発売していないがプロ級。しかも藤あや子をしのぐ美人。
音量もコブシ回しも抜群で、プロの歌手になればいいのになぁ、と密かに思っ
ている。そうなりゃあ、のんきな殿様はおっかけファンになるんでないべがな
ぁ(山形弁)。
 その点、暢気だね殿様は、『夜霧のブルース』・『男の背中』・『ゆきづり
』などの懐メロメロだ。ところが最近、三橋美智也の『おんな船頭歌』を唄う
ようにとの夢のお告げがあった。この歌も超懐メロだが、若い人に新曲だから
と言うと結構その気になって聴いてくれる。とにかく夢のお告げだから肝煎り
でレッスンすることにした。
 さらに『望郷新相馬』(花京院しのぶ)の新曲を披露してくれた女(ひと)
がいて、あまりにも見事に唄うものだから、のんきな殿様もこの歌に、すっか
りハマってしまった。近々、大きな大会があるから何とかこの歌をエントリー
しようと思い、入浴レッスンに組み入れた。カラオケ入会以前は、風呂場で唄
うことなど滅多になかった。
 ところがである。先月の大会で「演歌大勝」なるものをもらった。りっぱな
賞状と60センチもある大トロフィーである。全員にいろいろな賞が出たから、
まぁ参加賞のようなものだ。
 現職当時は、昭和天皇や今の天皇・皇后両陛下の拝謁を受け、郵政大臣から
の表彰状も3枚、ほかにも相当枚数の賞状が掲げてあるが、なにせカラオケで
の賞は生まれて初めて。生涯青春の今では、この「演歌大勝」のほうが大臣の
ものより、はるかに値打ちがある。「演歌大勝」をいただいた裏の訳を知らな
い奥方様や母親から、大変なお褒め。それからというもの、お風呂場レッスン
も、堂々と出来るようになったというわけである。
 のんきな殿様が、大人の歌いわば歌謡曲を唄うようになった記憶というと、
中学2年のとき美空ひばりの『悲しき口笛』が初めて。彼女は、のんきな殿様
の1つ上の昭和12年生まれ。あれから、かれこれ50年以上も美空ひばりの
曲を唄っていることになる。『あの丘越えて』・『私は街の子』・『東京キッ
ド』・『越後獅子』・『港町十三番地』・『ひばりの佐渡情話』・『リンゴ追
分』……など、美空ひばりの結婚前の歌は、懐かしさが一入(ひとしお)だ。歌
は世につれ、世は歌につれとは、よく言ったものである。
 行きつけのお店に行くと、心の癒し系の色白丸ぽちゃは言う。お酒が飲めて、
歌が唄えて、女に優しくできる人は幸せよ。
 それじゃ、のんきな殿様は、これからもマイクを離さずワンコーラスだけな
どと言わず、フルコーラスで何10曲も何時間も唄いたいよ。ところで歌詞は
見てもいいから、音程を外さずフルコーラスで唄える曲数はとなると、詳しく
数えたことはないが5〜600曲は、唄えるのではないだろうかと思う。
 そのうち連続で何時間唄えるか、挑戦してみるかな。

                                  了


『著書「お色気ちょっぴり 肩のこらない話」から』